最終日 成田→東京

バンコクに着いたのは深夜2時半であった。
日本人が次々乗ってくる。
あっという間に満席。
複数席を使って快適機上生活は夢と消える。
搭乗している人間の90%は日本人と思われる。
もう日本に着いてしまったかのような錯覚。
ケニアが恋しくなる。

映画は「恋に落ちたシェークスピア」
まあまあであったかな。
横のインド人の女の子は涙ぐんでいた。

起きると6時半であった。
もう少しで到着。
ここで無理矢理朝飯。
朝飯と同時にまた映画が始まる。
「Octorbar Sky」(邦題不明)
実話を元にした話で、結構おもしろかった。
終わるかどうか心配だったけどギリギリ終了した。よかったよ。

到着して、荷物を受け取り(私は始めての経験だった)
そして税関。
なぜかチェックが入る。
タイコを見せろとかいわれてまいった。

出たところで、旅の同行者とお別れ。

ヨメがうどんを食いたいというので、出発フロアーにいってうどんを食べる。
ヨメは心底うまそうに食べていた。
私にとってはなんてことのないうどんであったが。

京成スカイライナーに乗って上野へ。
窓から見える風景はなんかミニチュアのように見えるのだった。
上野から東京。
そして中央線で帰る。

荷物が多いのでさすがにタクシーを使って帰った。
家の中は暑かった。また日常に帰ってきた。



旅を終えてみて〜終わった時点での感想〜

・ツアー
私は生粋のバックパッカーで海外旅行をしてきたので、今回のような「お大尽ツアー」は初めてである。
すべての必要書類が旅行前に送られて、予定表までついている。
入出国の書類にすべてタイプで書き込まれていたのはたまげた。
ここまでするのか。

実際ツアーとなると、知らない人と行動を共にしなくてはいけないし、拘束時間も多く「うっとうしい」 時も少なくない。
ただ、行き先がケニアとなると、ドライバーを調達し、国立公園の中にあるロッジを手配し、なおかつ2〜3個所の公園を見て回るのはかなり大変だと思う。
今回はジョセフという非常に優秀なドライバーに恵まれたこともあるが、なんの予備知識人間が今回のようなサファリツアーができるかといったらやはり疑問である。

ケニアまでの航空券は非常に高い(はず)
それを考えてみても金額的には妥当なのではないかと思った。

国立公園内のロッジのあり方から考えて、親しい人とできるだけ多人数で長期に渡って旅行するのがよいのではないかと感じた。
おそらく、ヨーロッパの方だと日本でいうところの「温泉」のような感覚で利用しているのだと思う。

・ケニア
人々は明るく優しく非常によい国柄である。
ありとあらゆる人が「ジャyンボ」(こんにちはの意)と声をかけてくる。
「アクナ・マタタ」(問題ないねの意)と口々にはやし、「ポレポレ」(のんびりいこうよの意)と笑う。
歌を歌うのと踊りを踊るのが好きな明るい人々だ。

その反面、ダウンタウンなどに見られる貧富の差はこの国の闇の面かもしれない。
今回はそっちの方を把握することは出来なかったが、次回があればそちらにも手を伸ばしてみたい。

そして商売熱心なマサイ族。
ケニアはアフリカ随一の都会的な国であり、旧態依然の生活から変わっていかなければならないのかもしれない。
実際観光化されてないマサイ族はたくさんいるし、誇り高い民族であるとも思う。
しかし観光化されたマサイはもう見せ物にすぎない。
これだけの観光客が押し寄せるのでしょうがないことなのかもしれない。

・サファリ
ムーの大移動という、サファリではお祭りのような騒ぎの時で、動物を見ることには事欠かない季節であった。
地平線まで続く広大な大地は想像を遥かに越える。
「砂漠は人を単純にする」というが、十分サファリも単純にできると思う。
テレビの特集などで「厳しい自然サファリの掟」のような番組をよく見かけるが、実際のサファリではそれほど殺伐とはしておらず、視界の中にチーターが歩いていてもシマウマやヌーは逃げたりはしない。
補食系の動物は必要なだけ殺し、必要なだけ食べる。
実に当たり前のことがそこにあった。
とにかく、シマウマとムーだけはうんざりするほどいた。
おそらく何万頭と見ただろう。もう少し食われてもいいぞ。俺も食ったけど。

・モバイルで旅行記
いつもは帰ってからコラム形式に記事をまとめる方式だったが、できれば旅行の時の緊張感が伝わればと思い、日誌形式にしてみた。
書いている時のテンションによって、文体が違ったり、内容がとりとめもなかったりしたが、結構ヒマを見て一生懸命書いてみた。
おもしろいかどうかは別にして、本人としてはおもしろかった。

他人が読んでどうなのか、感想がいただけると幸いである。



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